FINE
性描写を含みます最初は舌を這わせて、そのあとは噛んで、そして吸う。
手にしていた皿はとうの昔に落としてしまったし、一緒にカップも落としてしまった。もしかしたら残っていた紅茶が足元を汚しているかもしれないが、そんなことに構っていられるほど余裕はなかった。
「リカ、」
名前を呼ぶより先に、覆いかぶさる黒衣が肩に手をかける。体格差があるから簡単に動くわけもない。そのうちに舌は頤を伝い、唇にかかる。
「う、ん」
リカルドの口付けはいつでもそっと、触れてくる。アンジュの唇を舌で軽くなぞり、唇を開かせるとその隙間から舌を忍ばせ、中身を吸うのだ。
それでも決してその口付けは性交のときのものほど激しくはなく、じわりじわりとアンジュの内部を温めていく。
その間中アンジュはただ緩やかに攻められるのを、受け入れるだけだ。背筋がふるりと震えても、リカルドの背に回した手が震えても、膝の力が抜けても、ただ甘い口付けを受ける。
ぴちゃりと濡れた音が耳に響いて、それがまた体を熱くさせる。ふと、後頭部が軽くなったような気がして視線を横にずらすと、纏めていた髪が肩口に垂れ下がっていた。
髪を解かれたのか、と思うより早く耳に吐息がかかる。ぞわっとした感覚が背筋を抜けると、アンジュの体はまた熱を増す。
「服を脱げ、セレーナ」
吐息が、耳を嬲る。どこか熱っぽく湿っているのは、口付けの後だからなのだろうか。
「脱がすのは、お嫌い?」
「嫌いじゃないが、君の服はややこしいからな」
アンジュの頭のひとつ上、リカルドは言い捨てる。そのままベッドに寝かされると、また口付けられた。角度を変えるたびに聞こえる金属音は、彼のピアスがぶつかる音だろうか。
「……脱いだら、優しくして下さいますか?」
胸元のリボンを解きながら、小さくつぶやく。
アンジュからの問いに、リカルドは答えない。ケープ、上着と脱ぎ捨て、ブラウスに手をかけたところで、リカルドがコートを脱ぎ捨てるのを目の端で捉えた。
次いで青いスカーフ……あれがスカーフだとアンジュはごく最近知ったのだが……を解き、ベルトリンクとフロックジャケットを放り投げ、アンジュの上にのしかかる。ベッドが二人分の重さを受けて、今一度大きく鳴いた。
「そんなにややこしいですか、この服」
「そうだな」
唇を頬やら首筋やらに触れさせながら、彼は言う。耳の後ろを軽く舐められて、またアンジュは震えた。
「男を焦らすように作られているのかと思うくらいには」
「もう、なに言ってるんですか」
アンジュはリカルド以外に体を許したことはない。生まれてこのかた天のために生き、天のために尽くしてきたのだ。
自分は尼僧にしては欲あるほうだとは思うが、それでもアンジュにとって色欲は最も遠い場所にあるものであった。
それなのに、一度体を許してしまえばこの有様。かつての恋人とも寝ていればこうなったのだろうか、悩んでも確かめる術はもうない。
スカートの中に忍び込んだ手が、クロッチの部分を撫であげる。敏感な尖りと潤んだ入口を刺激されると、小さく体が震えた。
リカルドに口付けられ服を脱げと言われただけで、また裸にもなっていないのにとうに受け入れる準備は整っていた。
「随分の準備のいいことだ」
潤んだ入口にリカルドも気づいたのだろう、小さく笑った。嘲りではないがどこか嬉しそうな笑みに、少しだけ恥ずかしくなる。
「こんなふうになったのは貴方のせいなんですよ」
そう言いかえそうとした言葉も、布地を除けて割り込んだ指に邪魔される。長い指はアンジュ自身からのぬめりを伴って、彼女の中へ押し入ってきた。
「ん、あ」
まずは一本。
中をぐるりとかき混ぜ、具合を確かめるとすぐに指を増やされた。まだブラウスも脱いでいないのに、とは思ったがそんな言葉は届かない。
混ぜられる度に浮かんだはずの言葉は途切れ、下半身からの感覚にかき消される。
初めての頃は一本入れられるだけでも苦しかったのに、今ではすんなりと二本の指を飲み込む。自分の体の変化に驚くと同時に、酷く恥ずかしくも思えた。乱れていく、と。
「あ、そこ、は」
「好きだろう?」
指が腹の裏側を擦りあげる。自分の指では触れられない体の中、そしてそのある場所を弄られると気持ちいいということを知ったのは、この行為の中でだった。
それ以外にも何を教わったのだろう、とアンジュは考える。
体を愛撫されれば快感を得ることが出来ると知ってはいたが、それがこんなにも大きなものになるとは知らなかった。
知識でしかなかったものは、リカルドと触れ合う事で形になりアンジュの中に蓄積されていった。
口付けは親愛の情を交わすだけでなくそれだけで快感になりうること、胸を愛撫されることで体が反応すること、それらが重なることで体の奥から濡れること。
あられもない場所への愛撫は羞恥とともに快感が伴うこと、それでも男を受け入れるには痛みが伴う事、けれど重ねることで気持ち良くなれるのだという事。
同時に愛し合っているなら全て柔らかな行為になるというわけではなく、時には愛し合っていても無理やりだったり激しくだったりするものだという事も学んだ。
ただ、無理やり体を割られたり、緊縛紛いの感触が決して不快ではない、というのは学ばなくてもいいことだったかもしれないと思う。
そんな事を考えている間に、ジャンパースカートのファスナーは下ろされ、ブラウスの合わせ目から白い胸が零れる。ぴんと尖った先端を舌で押しつぶされると、下半身とは違う快感が押し寄せてきた。
「んっ、あ」
ちゅっと音を立てて吸い上げられると、声が上がる。リカルドほどの精悍な顔つきの男が赤ん坊のような真似をしていることに、どうも不思議な感覚になる。
けれどしている行為は決して赤ん坊のそれではない。まず赤ん坊はこんなふうに母親を善がらせるようなねぶり方はしない、大人の男だからする、性行為の一環。
先端を吸い、舌で押しつぶして転がす。その間も片方の手はアンジュの中をかき回し、解きほぐしている。耳を打つ水音が二つ、確実に大きくなってきていることに気づいた頃にはもう最初の限界が迫っていた。
「やぁ、も……だめっ……!」
ぞわぞわと背筋を駆け上る感覚に抗うように、頭を振る。しかしリカルドが手を休める事などあるわけがなく、胸を舐めていた舌を首筋に移してきた。
そして服で見えるか見えないかギリギリの位置を見定めると、きつく吸い上げた。その痛みを合図にして、アンジュは大きく震えた。
「ひぅ、あ、あっ……!」
世界が白む。宿屋の天井も自分の服の在り処も、リカルドの黒い髪も薄くけぶってよく見えない。
白んだ視界が元に戻るより早く、両足が開かれた。そのまま足を抱えあげられ、肩に担がれる。その格好は繋がった部分がはっきりと見える上に、同時に一番深い所まで突き上げられる形のものだ。
「それ、やあ」
「嘘を言うな」
本当は好きなくせに、と男は薄く微笑んで嘯く。片手で髪紐を引くと、黒髪が流れて落ちる。
顔の方に垂れた一房を指で避け、抱えたアンジュの足に口付けを落とす。その一連の流れに心が痛くなる。ずるい、とも思う。
口付けが終わると、大きな圧迫感がアンジュの中に押し寄せる。ああ、と断続的な声を上げると押し込められた肉の形がハッキリと伝わってきた。一度達したからだろう、痛みは殆どなく根元まで飲み込んでいった。
「動くぞ」
一言断りをいれてリカルドが動き出す。もちろん痛めつけたりするのではない。
けれど時折アンジュが狂ってしまったのではないかと思うほどの快楽に突き落とし、動けなくなるのではないかと思うほどの激しさで体を揺さぶる。
時に甘く、時に手酷く。まるで未成熟だった果実を蕩かすように、アンジュはリカルドの腕の中で喘いだ。
呼吸のせいか乾いた唇が耳の裏を舐めあげる。長い黒髪はアンジュの肌に被さり、胸の尖りをごくわずかな感触でもって撫でていく。唇と舌と指だけでなく、彼自身の全てで快感も恍惚も全て生み出される。どうしてこんなふうになってしまったのだろう?揺さぶられたままそっと彼の顔を盗み見る。何かを堪えるように伏せられた瞳からは何も読み取ることは出来ない。
「リカルド、さんっ……」
放り出していた手を背中に回す。長い髪を引っ張ってしまわないように避けて、シャツを掴んだ。
繋がった場所はぐちゃぐちゃとだらしない声をあげ、身体の奥は突き上げられるたびに痛みと快感に善がる。
身体中が甘く痺れはじめると、もう何も考えられなくなる。ああ、またおかしくなると思いながらも、それに抗う術などまだ持ち合わせてはいない。
早くなる呼吸とスプリングの悲鳴、自分のあられもない喘ぎ声、どれがどれなのか分からないまま、思うままに声を上げた。
「やあ、もっと……っ!」
声は小さく、聞き取りづらいものだっただろう。それでも間近にあったリカルドの耳には届いたようだった。
「君は、本当に……」
迫る快感に急かされるのは、リカルドもまた同じだった。小さく歯噛みすると、一度に奥まで突き上げた。
ひっきりなしに湧き上がる快感に背筋を震わせると、また涙が零れる。頬に伝うそれを舌で掬われるのを感じ、角度をずらして口付ける。下半身で男を受け入れたまま、唇でも彼を求める。それでも身体が求める快感に抗えるわけが無く、ただ、最後の瞬間まで貪るように抱き合った。
行為の理由を問うのは無粋なのかもしれない。どうして抱いたのか、と聞くことは意味のないような気がした。
甘い気だるさの残るアンジュをベッドに寝かせたまま、リカルドは身支度を簡単に整えている。
「大丈夫か」
角ばった指先がアンジュの頬に触れる。ほんの数分前までアンジュの胎をかき混ぜ、体中を這い回り、泣かせていたくせに、その触れ方はとても優しい。
それが嬉しくて、少しだけ悔しい。
「誰のせいだと思ってるんですか」
あれだけ泣かせたくせに。せめてもの仕返しにと、いとおしい人の指に噛み付いてやった