おそろいの色
「その色も似合いますね」
昼のかき入れを過ぎ、お八つ時には早い時間帯。店には数える程度の客しかおらず、話し声も少ない。
リカルドは見回りの途中、アンジュは休憩時間に入ったばかりだった。大通りに面したボックス席に向かいあい、それぞれの時間を過ごしている。
「そうか?」
「ええ、とても」
リカルドが身に纏っているのは、葡萄茶色の軍服。この街の自警団に雇われたときに渡されたものだという。
首元まできっちりと固めているのは、向こうの世界と変わらないが色合いとデザインが変わるとこうも印象が変わる。
傭兵と軍人、戦争に身を置くのはどちらも同じだけれど、軍服を身に纏った彼は元よりの佇まいも合わさってとても精悍に見えた。
賛辞の言葉にリカルドはふ、と口元を緩めた。片目を細める慣れた笑い方。
「そっちもいい色だ。その柄もよく似合っている」
「まあ、ありがとうございます」
アンジュの着物は街の服屋で手配したものだ。馴れ親しんだ白と黒をベースに、大ぶりの花があしらわれている。花の名前までは分からないがアシハラで似たような花を見た覚えがあった。
橙の袴は少し冒険したけれど、思いのほかきれいにまとめられたと思う。いつもの修道服も好きだし、アークで貰った制服も可愛らしくて好きだ。この着物に袖を通すと、少し心が跳ねるような気持になる。浮かれている、と言ってもいい。
自分たちの世界とは違うこの世界。取り巻く様々な事情から少し身を置いたこの環境が、そうさせているのかもしれない。
まかないで出してもらったクロックムッシュを口に運ぶ。対してリカルドは手元の書類に視線を落としたままだ。何が書いてあるかは分からないが、随分と分厚い。
「それはそのままなんですね」
アンジュの言葉から二拍置いて、向かいに座る人が顔を上げた。
なんのことだ、と言いたげにリカルドが目を細める。ややあって、アンジュの視線が自分の髪紐に向けられていることに気づいた。
長くさらりとした黒髪を青い髪紐で結わえる。それはあちらの世界から変わらない。
「軍服に合わせて色を変えてみたりしないんですか?」
「女性ではないからな、そこまで着飾る必要はない」
さらりと言い切るその口ぶりから察するに、本当にそうなのだろう。変える理由がないから、そのまま。キュキュは軍服に合わせて髪を結わえなおしていたけれど、あれはいつもの髪型では軍帽に合わせられないからだ。女性でもなく、軍帽を被るのに支障がないのならわざわざ変える必要はない。
「じゃあ、お揃いですね」
「なにがだ」
「私はあなたの色で、あなたは私の色でしょ?」
つい、つい。黒と青。リボンと髪紐。黒と青。
それぞれ指で指し示してやれば、はあと大きなため息を吐かれた。
「……まったく、何を言うかと思えば」
呆れたような声に、渋い表情。眉間にはしっかりと皺が刻まれているけれど、その頬といったら!
「リカルドさん、顔が赤いですよ」
「誰のせいだ」
窓際の席はたっぷりと日差しが降り注ぐ。リカルドの白い顔も、その間に差す赤も、軍帽の鍔でできる影も、どれもくっきりと映える。
「……こんな顔では詰所に戻れん。もう少し休んでから行く」
「じゃあ冷たい飲み物をお持ちしますね。珈琲でいいですか?」
ああ、と短い返事を聞き終えてから席を立つ。マスターにオーダーを通すと、ちらりとまたボックス席に目を向ける。葡萄茶の軍服に、黒い髪と、青い髪紐。
本当はまだ伝えていないことが、ふたつある。
軍帽の鍔で目元が隠れるのが好きだということ、それから再会したあなたの髪紐の色が変わらないままだったのが嬉しかったということ。
「なーんて言ったら、帰れなくなっちゃうかなぁ」
ただでさえ照れ屋なのだ。だからそれはまた別の機会に、出来れば二人きりの時に伝えることにしよう。