墜落前日
あの人が見つかった、という報告を聞いて一番最初に浮かんだ感情は『安堵』だった。
「よかったね、アンジュ!」
ルカ君が声をかけてくれたので、そうね、と返事をした。気の抜けた声を、彼はどんなふうに受けったのだろう。感動、歓喜あたりだろうか。
「そうね、キュキュさんも一緒って」
「一緒に具現化されたのかな」
「そのあたりは聞いてみないとわかんねーな」
ざわざわ、ざわざわと音がする。
仲間を見つけたという報告を聞きつけたのだろう、アジトにいる人々が口々に言葉を投げかけてきた。
おめでとう。よかったですね。どんな人なの?
それらの言葉に私はありがとう、本当に良かったわ、合流したら紹介しますね。
といった風に返していった。これも半分以上気の抜けた声になった。
途中、目ざとい何人かが私の方を見ているのに気付いた。
きっと見透かされているのだろうなと思ったけれど、取り繕うことはしない。いつも通り笑っていれば、誰にも気づかれない。
リカルドさんが、居る。
リカルドさんが、この世界に居る。
「本当に?」
ベッドの中、シーツを足先で手繰りながら呟く。すぐ隣のベッドではイリアとベリルが眠っている。日中は元気な彼女たちだけれど、眠っているときは本当に静かだ。
ふたつの健やかな寝息を聞きながら、ゆったりと寝返りを打つ。
色々な世界から、いろいろな人が集う鏡の世界。私たちのいた世界ではない、この世界。
レグヌムに似た街はあるけれど、レグヌムではない。
ナーオスの大聖堂もない、ガラムのケルム火山もないし、ガルポスの蒸し返すような熱帯雨林もない。マムートの人たちのように、不思議なしゃべり方をする人たちが住む街……喋り方をする子はいるけれど……アシハラのような海洋国家に似た場所は……あるのだろうか、まだ私は行ったことはない。
テノスのような豪雪地帯はあるという、これも行ったことがない。
「……一緒に行ってくれるかしら」
帰ってきたあの人に、お願いをしてみようか。
まだ行ったことのない街と、地域。アークという不思議なエリア、珍しいものが見られるかもしれない。
一緒に露店を見て回ったのを思い出す。私が買った荷物をあの人が持ってくれて、長時間付き合わせると露骨にため息をついて私を見るのだ。
――おいアンジュ、まだ買うものがあるのか。
「……ああ」
リカルドさんが、この世界に存在する。
最初に浮かんだ感情は『安堵』。
その次に浮かんだ感情は『歓喜』と『憐憫』だった。
あなたに逢えるのがうれしい。
少しも私たちの世界に似ていない、知らない人ばかりの世界に。幾重にも折り重なった、複雑なこの世界に。
こんな世界でも、あなたがいることがうれしい。
リカルドさん、この世界はあなたにどう見えましたか。複雑で怪奇で、作り物の世界をどう見ましたか。
眉をひそめて、片目を眇めて笑うのでしょうか。
眉間に皺を寄せて、大仰にため息をついて吐き捨てるのでしょうか。
ねえリカルドさん、あなたの表情は思い出せるのに声は少しずつ薄れていっているのです。
低くて、少し甘い声、だった、はずのあなたの声。
あなたの声で、名前を呼ばれたらきっとその時は、この偽物の世界を愛せそうな気がするのです。