それは人魚の恋に似ていた

死にネタ注意


それは人魚の恋に似ていた。つまり、馬鹿ということだ。

子供の時分に読んだ……正確には読まされた……童話の中に人魚が人間に恋をする話があった。人間に恋焦がれ思う余りに自分の身を捨てた女の話は、かつてアスラの近くにいた花の女神を彷彿とさせて好きではなかった。
相手を思い焦がれるあまり死んでしまうなんて、馬鹿じゃんと子供心に思った事を今でも覚えている。

旅を終えてから二年と一月経った頃リカルドが死んだ。
正直なところリカルドは天寿を全うすることなく死ぬのだろうと、スパーダは思っていた。傭兵なんて仕事はいつだって死と隣りあわせで、そうでなくてもあの男は死の匂いが濃くまとわりついていた。
いつだか「あんたはろくな死に方しなそうだよな」と言ったら「だろうな」と皮肉っぽく笑って見せた。
果たしてこれは彼の自認に添うたと言えるのか。死因は戦死でなく病死だった。
あのリカルドが! 流行り病にかかって死んだのだ! 
死神を殺したのは人間でも獣でもなく、姿かたちのない病だった。こんな笑い話があるだろうか。



ガラム式の葬儀の最期はケルム火山に遺体を落とすのだという。バルカンが司る地で生まれた命はバルカンの元へ還るのが道理なのだと、リカルドの兄という人物は言った。髪の色以外は驚くほど似ていない。
最期まで見届けるとルカが火口に残った。見送りが少なかったら可哀想、とエルマーナ。イリアは特に何も言わなかったが、二人の後に着いていった。
「わたし、これからどうしたらいいと思う?」
葬儀の間中黙っていたアンジュが口を開いたのは、ガラム独特の硫黄臭さに慣れ始めた頃合だった。
「どうしたらって」
「リカルドさん、いなくなっちゃったもの」
拗ねたような声で言う。子供みたいな口調も相まって、三つ年上の女性がひどく幼く見えた。
「アルベールがいるだろ」
アンジュの住まいはテノスのアルベール邸だ。今はテノスで修道女を続けている。
アルベールはアンジュを好いている。そうでなければいくら前世の縁とはいえ、行き場のない女を長々と家に置くわけがない。いずれ時を見て結婚を申し込むのだろう、もしかするともう求婚されているかもしれない。
「オレもルカもいる。イリアもエルもいるじゃねえか」
旅をしている間から数えて三年近い付き合いになる。たった三年ではあるが、辿ってきた経験を鑑みれば、楔となるには充分だ。
「うん、そうね」
トーク帽のヴェールが揺れる。例に漏れずアンジュも喪服を着ているが、驚くほどに黒が似合わない。
「でも」
そのあとは続かない。
「……オレらよりあいつのが大事なのかよ」
アンジュはなにも言わなかった。ただ笑っただけだ。



アンジュが死んだのはリカルドの葬儀の十日後だった。
アルベールが方々に手を尽くしたが、行方は分からなかった。雪の残る崖に愛用のブーツがあったことから恐らく崖から身を投げたのだろうと推測された。ちなみに遺書はない。ならば日記など手がかりになるものはと探してみたが、身の回りのものは一切なくなっていたという。
――きっと彼女は彼の後を追ったのだろう。手紙の末尾はそう括られていた。
便箋から目を離し、スパーダは大きく息を吐いた。
「まあ、あんた運動苦手だったしなぁ」
運動が苦手な彼女は、恐らく泳ぎも苦手だ。崖から海に身を投げるのは賢い選択だと思った。下の岸壁に頭を打ち付けてもいいし、冬の海なら低体温でも死ねるはずだ。
きっとイリアやエルマーナに聞かれたら怒鳴られるだろう、ルカには殴られるかもしれない。だが、スパーダはこの結果に安堵していた。
ガラムで問いかけたあのとき、アンジュはもう決心していたのだろう。
天秤の片方にスパーダたち、もう片方は空。そしてアンジュは空の上皿を選んだ。
かくしてアンジュはきれいさっぱりこの世から消えた。リカルドが塵も残さず燃えてしまったのと同じように、そして童話の人魚と同じように。これが最良の選択だといわんばかりに。
これが認められるかどうかは別だ。だが彼らはきっとそれを幸せと呼ぶんだろう。

初出:2019/05/02 お題メーカーにて
リカアンとスパーダに関する話を書く萩乃さんには「それは人魚の恋に似ていた」で始まり、「きっとそれを幸せって呼ぶんだね」で終わる物語を書いて欲しいです。
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