君を想い果てるということ
伸びた体を抱き上げて、一人ずつ甲板へ寝かせる。
いつも俺に突っかかってくるベルフォルマが一番重く、普段からミルダ相手に特訓をしている甲斐もあってか体はがっしりとしていた。
反対にミルダは細く、身長の差異さえあれど体の感じはアニーミと同じような感じだった。
ラルモはいっそ心配になるほどの細さで、今まで置かれていた状況の過酷さを思わせた。戦場で似たような子供たちは見てきたが、その子らも抱き上げればこれほどに軽かったのだろうか。後悔したところで、その子らに手は届かない。
いくら子供とはいえ、四人も続けて運ぶと少々疲れる。仲間の負傷兵を背負っていたときとは違う疲労には、恐らく罪悪感という重石が足されているのだろう。軽く肩を回して、最後の一人へと手をかける。暗闇の中でも純白の聖職者服はよく映える。
船内の奥、セレーナは仰向けになって小さく寝息を立てていた。薬は効き過ぎる程に効いているのだろう、まったく起きる気配が無い。
元より睫の多い彼女の目は、伏せるとより一層それが目立つ。小さな唇と、暗闇の中では分からないがいつも朱をさっと刷いたように赤みを帯びた頬。それらにそっと触れる、あくまで、軽く。どちらも柔らかく、確実に熱を持っていた。生きていると分かっているくせに、思わず胸を撫で下ろしてしまう。
彼らが起きたら、事の仔細を全て話すつもりでいる。
許される行為ではない、どれほど詫びれば許されるかなど思ってもいない。裏切りは何もかもを壊す、一番の罪なのだ。鉄拳制裁が効果的だとも思っていないが、それを望むのなら受け入れる覚悟はとうにしていた。
それでも、恐れはあった。
子供たちには勿論、目の前で眠る彼女の信頼を失うことが酷く恐ろしかった。雇い主を裏切った傭兵が何を言うのだろう、浅ましいにも程がある。
けれど今は伏せられている大きく澄んだライトパープルの瞳で見つめられ、怒りの言葉を浴びせられるのが怖かった。鈴のような音の声で、絶望の言葉を浴びせられるのが怖かった。
セレーナをゆっくりと抱き上げる。起きないだろうと分かっているくせに、慎重になるのは怯えている証拠だろう。そのまま甲板に出て、壁にもたれかかる様にして寝かせる。潮風に切りそろえた前髪が揺れて、流れる。綺麗な女だと思う、姿かたちも心根も全てが美しいと。
彼女の前に跪いたまま、放り出された手を持ち上げる。誓うべき相手が眠っているのに、こんなことをするなんて俺はどこまで臆病になったのだろうか。傷心など不似合いにも程がある。
白い手の甲に、一瞬だけ口付けを落とす。騎士の真似事など、やはり俺は頭がおかしいのかもしれない。ただ、それでも、今この瞬間に彼女に誓わなければならない言葉がある。
「アンジュ・セレーナ」
名を呼ぶ。呼びなれない名前と、呼びなれた名前。二つ合わさって彼女を体現するそれは、恐らく自分にとって絶対のもの。
「俺は、君を最後まで守る。命に換えても必ず」
今一度手を握り返す。届きもしない思いでも構わない、俺だけが知っていればいい。
君を想い君のために死ねることは、殆ど歓喜に近い。ただ、それでも、君の為に今一度生きたいと切に願う。
浅ましいと笑われても、君だけを守り君だけの為に死のう。
愛しているなど囁くまでもない、誓いなどと尊いものでもない、この独りよがりの願いをどうか許して欲しい。